上越旅行

連休を使って上越を旅行してきました。
今回は、「二泊三日で新潟に行きたいんだよね。」とChatGPTに相談して、旅程を立ててもらいました。
時代だ。

直江津

そんなに早朝の出発ではなかったのに、油断して事務作業などしていたら時間ギリギリになってしまい、駅まで走る羽目に。

例によって東京駅の新幹線乗り場は混雑していて、北陸新幹線の出発は混雑で遅れ。
指定席は満席とのこと。
東京からは空いていたものの、大宮で一気に乗り込み、指定席なのに通路に人が溢れる状況でした。
皆さん、旅行好きですね。私は程々です。

上越妙高で新幹線を降り、えちごトキめき鉄道で直江津まで。
新しい新幹線だと、在来線がJRから切り離されているので、一気に雰囲気が変わります。
Suicaが使えないので、紙の切符でした。

直江津ではちょうど「鉄道まつり」というお祭りをやっていて、ライブをやっており、駅の中や街中でも店が出ていました。
寿司で腹ごしらえをして、街中の八坂神社を見ると、鳥居に「生魚商人中」と彫られているのは何なのでしょうか。

海に向かって歩いて行って、住吉神社を見ると、阿波国の藍商人が金を出した云々とあり、脇町を思い出します。

さらに進み、上越市文化財の旧直江津銀行「ライオン像のある館」を見てさらに進むと重要伝統的建造物保存地区ではないようですが、街並みが残っています。
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一旦直江津駅まで戻り、バスで少し離れた五智と呼ばれる地域まで行くと、お寺が集まっています。
居多神社を見て、海まで歩くと親鸞上陸の地なる場所もあります。
五智国分寺には三重塔が立っています。
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光源寺には墓地があり、浄土真宗が多いので「南無阿弥陀仏」という墓石があるのは良いとして、「墓」とか「墳墓」とだけ書かれた墓石があるのにはびっくりしました。
早速ChatGPTに聞いてみると、以下の説明。

信仰 浄土真宗の影響で、個人名・家名を省略し「墓」だけにする
文化 死を静かに受け入れる地域的な慎みの美意識
歴史 共同墓・合葬墓の名残
地場産業 地元石工の簡素な碑文様式


高田

初日は高田まで戻り宿泊。
高田駅、随分凝っていますね。
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高田駅で日本酒を飲んで寿司やあなご白焼きやドロエビ焼きを食べ、バーに行って仕上げて就寝。
夜の町も雁木でした。

翌朝は高田城址公園まで歩いていきました。
内堀の蓮畑が見事。
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上越市立歴史博物館は藩主の話が中心で、それ以外は特別展で戦後80年の展示をしていました。

上越妙高まで電車で行き、今度はレンタカーを借りて西へ出発。


糸魚川

高田から糸魚川へは高速道路。
トンネルがとても多い、

親不知ピアパークという海にせり出した高速道路の下の道の駅で巨大な翡翠を見ました。
巨大というのは、予想していたよりもっと巨大です。

そして、親不知コミュニティロード、断崖絶壁の絶景遊歩道。
ここは第2世代の道路で、第1世代の海岸、第3世代の現在の国道、第4世代の高速道路が見えます。
ブラタモリでもやったところですね。
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道路を1km位歩いて、山道を下り、鉄道に使われたトンネルで戻りました。
このトンネル暗くてしずくが落ちてきます。
トンネルを抜け、さらに山道を登って駐車場に戻りました。

この親不知で地理的に分断されているため、糸魚川は東西文化の分かれ目と言います。
市街に戻ってとんかつを食べると関西の配置でした。
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市街外れの丘、美山公園にあるフォッサマグナ博物館では石が並び、糸魚川がフォッサマグナ(の西端)にあることが説明されています。
翡翠についても詳しく説明されています。
翡翠というのは縄文時代には勾玉として珍重されたものの、なぜか平安時代には忘れ去られ、糸魚川が翡翠の産地というのも忘れられていたそうです。

美山公園には長者ヶ原遺跡があり、ここは縄文時代に翡翠の加工がされていた集落とのこと。
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さらに川を遡っていくと、フォッサマグナパークと呼ばれる、東西の断層が見えるところがあります。
ここもブラタモリでやっていましたね。
見終わると、雨が降ってきました。
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2日目の宿は笹倉温泉。
山奥に一軒だけあります。

翌朝、外を見ると棚田。
これもブラタモリで地滑りによる地形を利用していると説明されていましたね。
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朝一番に、塩の道資料館に行きました。
糸魚川ではかつて製塩が行われており、それを松本まで人力で運んでいたそうです。
運ぶ人をボッカといい、その装備(ショイコ、ワラミノなど)が展示されています。
試しに担いでみましたが・・・重量挙げのように立つのが精一杯でした。
丁寧に解説してもらえて良かったです。

ところで、カメムシが多い。

糸魚川駅に戻り、駅から近い天津神社・奴奈川神社(あまつじんじゃ・ぬながわじんじゃ)を見て駅に戻ったときの写真が以下。
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この写真でもわかりますが、糸魚川を走り回って気がつくことは、妻入りの家が多いことです。
早速ChatGPTに聞いてみると、以下の説明。
越後の平入り文化圏と、信州の妻入り文化圏の境界地域だというのです。

気候 風雪を避けるため妻入りが適していた
敷地形状 間口が狭く奥行きが深い町割りに合う
火災対策 再建時に耐火・通風性を考慮
文化圏 信州的妻入り文化の影響を受けた


帰りは、能生白山神社、弁天岩を見て、上越に戻りました。
途中、ジャケットを片倉温泉の宿に忘れたことに気付いて戻り、結局上越妙高に戻るのが遅れ、予約していた新幹線に乗り遅れたため、自由席のはくたか、大宮ではやぶさに乗り換えて帰りました。
疲れました。

これで一応、下越、中越、上越に行ったことになりますが、下越も村上まで入ったことがないので、今度行ってみたいです。

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