三河と遠州旅行

長いと評判の年末年始、最後の旅行です。
日本地図で観光したことがない三河と浜松に狙いを定め、ホテルをとったものの、車で行くことにしたのでノープラン。
前日もひどく飲んでしまったので、予習もできずにノープランです。

岡崎

初日は一気に西三河の岡崎。
朝で遅れたので着いたのは昼過ぎ、岡崎城。

岡崎は矢作川と、付け替えされた乙川の合流地点として、水運で栄えた街。
城はその合流地点に立っています。
ただし、もちろん再建で、鉄筋コンクリート、中は博物館になっているという典型的なやつです。
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三河武士のやかた家康館というのもあって、家康について知ることできます。

城を出て八丁味噌をお土産に買い、岡崎信用金庫資料館を外から。
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岡崎は1945年7月19日~20日に空襲を受け、1/3を焼失したとのこと。
この建物も外側を残して焼けてしまったが改修したとのこと。


豊橋

一泊目は東三河の豊橋。
着いたのは夜で、風が強くて寒い。
繁華街は賑やかですが、おしゃれというより、やんちゃな感じがします。
コロナで雰囲気が変わったという話も聞きました。

豊橋には、水上ビルという水路の上に建った壁のような建物があり、面白いです。
1Fは店のようですが、上階は住宅?
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豊橋はかつては吉田と言い、東海道の吉田宿として栄え、吉田城がありました。
吉田城跡の豊橋公園は河岸段丘で、豊川(とよがわ)がU字になっているところがよく見えます。
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豊橋市役所は城だった区画にあります。

東海道の痕跡は街中で見つけるのは難しいです。
豊橋は岡崎の1か月前、1945年6月19日~20日に空襲を受け、市街地の約90%を焼失。
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街中は路面電車が走っていて味があります。
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名物のカレーうどんを食べました。
そこにとろろで仕切られてご飯が埋まっており、ダイエットの敵です。

豊橋は朝ドラ「エール」の舞台でもあったのですね。

渥美半島

半島好きなので、渥美半島の先まで行ってみました。
地図を見ると細い半島なので平坦なのかと思いきや、山もありました。
岬はさらに風が強く寒く、海も荒れていて台風のようでした。
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浜松

次はもう少し戻って浜松に投宿。

高層ビルが建ち並び、大都会。
道も広く整備されており、これは・・・。

浜松は1944年11月27日を皮切りに多数回の空襲を受けて9割以上の戸数を焼失。
武蔵野市が空襲を受けた日(東京への初めての空襲)から3日後ですね。

繁華街も賑やかで、道行く人の服装もこなれた感じ。
そしてスターバックスも多い。

浜松餃子を食べました。
なぜかもやしの上に載っています。
お上りさんなので、せっかくだからと餃子定食を頼んでみて、周囲を見ると、皆ラーメンやチャーハンを食べてる・・・。
と思いきや、追加で餃子を頼んでいました。
そういう食べ方なんでしょうか。
まあ、東京でもそうですよね。


遠州鉄道にわざわざ乗って見て、浜松城。
全般的に起伏がない街の中で、盛り上がった台地の上にある。
天守閣は年末で入れず。ただし、再建。
浜松市役所も城跡の区画にあります。
城跡に役所や学校というパターン、ありがち。
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中田島砂丘に行き、浜名湖を通り、竜ヶ岩洞(りゅうがしどう、と読む)を見て、最後は龍潭寺(りょうたんじ)。
井伊家の菩提寺だそうです。
なかなか趣のある建物で、庭園も美しい。
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浜松には寺もそれなりにあり、廃仏毀釈とは無縁かと思いきや、体中に落書きされた仏像がありました。
当時子供達に傷つけられたそうで、顔にまでびっしりと傷がありました。


帰り道、浜松からは一旦御殿場に戻り、ちょっと釣りをして、年末の最後に坊主を食らいました。
年末の旅行、日が暮れるのも早いし、博物館や美術館も軒並み閉まっているのでやや消化不良。
ただ、車で走ったので、都市の位置や地形もよくわかって、それは良かったかも。

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