男鹿半島田沢湖旅行

秋田県、男鹿半島に旅行してみました。

どうやら男鹿半島に泊まらなくても秋田から行けそうだったので秋田に泊まることとし、市内からレンタカーを借りました。
秋田は市内を観光したり、五能線に乗るために寄ったりしたことはあったものの、車でまわるのは初めて。

男鹿半島、Googleマップで調べると1時間と出るものの、実際にはもうちょっと時間がかかります。
八郎潟が見え、なまはげトンネルを通って男鹿半島へ。
ババヘラ発見。車でまわるとちょっと違った面が見られますね。

まずはナマハゲ館、男鹿真山伝承館、真山神社。
真山は「しんざん」と読みます。男鹿半島の南西部は山になっていて、修験道とか宗教的な地域でもあった模様。
まずはナマハゲの展示、地域毎に角があったりなかったり、持っているものが違ったり、異同があります。
oga-tazawa_006s.jpg

ナマハゲの体験コーナーがあって、子供用があり、子供着ていると可愛らしい。
ナマハゲはなまはげではなくナマハゲが正しいらしい。

ナマハゲの由来については、諸説あり。
漢の武帝がつれてきた5つのコウモリ=鬼が、略奪したり娘をさらうので、困った村人が賭けに勝ったら毎年1人の娘を差し出すというので、五社堂の1000段の階段を一夜で完成させようとしたが、完成間近、ニワトリの鳴き声の真似をしたところ、怒って杉の大木を逆さにさして去って行った。その後鬼に扮した行事でなだめている、とのこと。

男鹿真山伝承館では大晦日に行われるナマハゲの再現があります。
真山ではナマハゲは2匹で行動し、先立ちと呼ばれる人が加わって周ります。
まずは先立ちの人が家に入って良いか確認し、その年に人が亡くなったとか、生まれたとか入らない場合があるそうです。
入る場合もここで7回、ここで5回、ここで3回と四股を踏んだり手順がかなり決まっているようです。

実演の後、ナマハゲ館に戻って15分の映像を見ました。
子供が必死に泣いたり、さらわれないように親や柱にしがみついたりするのになぜか涙が出るほど笑ってしまいました。
ナマハゲは独身男性が務めるそうです。是非やってみたい。子供をギャンギャン泣かせてみたい。

真山神社を見てから、雲昌寺のあじさい。
今年は昨年の猛暑で花が少ないとのことだが見事でした。
oga-tazawa_013s.jpg

続いて男鹿半島の先っちょ、入道崎まで行き、男鹿名物石焼き御膳を食べ、灯台に登りました。
石焼き御膳、夏に食べるものではない気がしました。

男鹿半島先端付近には八望台という展望台があり、後ろには一ノ目潟、前には二ノ目潟、戸賀湾が見えます。
ここからは見えない三の目潟というのもあるらしく、いずれもマールという火山の噴火によってできた穴の地形。
oga-tazawa_029s.jpg

男鹿水族館GAO、普通の水族館。
一時禁漁した後増えていると聞いていたハタハタ、また減っているとのこと。
難しいですね。

おが潮風街道をドライブし、赤紙神社五社堂まで。
例の、鬼が一晩で作ろうとした石段です。
階段がめちゃくちゃきつく、汗びっしょり。
各地で思うところですが、こういうところで資材を運んで神社を建てるというのはすごいことです。
oga-tazawa_038s.jpg

男鹿半島最後は寒風山。
曇りの中、男鹿半島、八郎潟が見えます。
ここも火山由来で火口のだった穴状の地形があります。
oga-tazawa_048s.jpg

ちなみに八郎潟は埋め立てられるまで、琵琶湖に次いで大きかったとのこと。
寒風山が島で、そこへ砂嘴が伸びて陸繋島となり、囲まれた水面から八郎潟ができたということです。

市内への帰りに秋田港のセリオンタワーにも登りました。
秋田港、秋田の市街からちょっと離れています。
秋田を流れる雄物川の河口でもないし、と思ったら、どうも雄物川の河口は付け替えられていて、もともとは秋田港が河口だったようですね。
戦後は軍艦を沈めて防波堤にして、それが撤去されたのは1975年になってからだそうです。

男鹿半島は1日でまわれたので、最後の日は田沢湖まで足を延ばしました。
車でも結構かかります。秋田県広すぎ。

田沢湖クニマス未来館へ。
oga-tazawa_053s.jpg

田沢湖にはヒメマス近縁のクニマスという固有種がいました。
しかし、戦前に農業用水のために強酸性である玉川温泉の水を薄めようとして、湖自体のPHを下げてしまい、絶滅。
幻の魚になっていて、田沢湖から移植されたという各地で探したのに見つからず。
しかし、2010年で西湖で発見されました。
田沢湖は岸から急深で日本一深い湖。この桶のような形の湖で進化したクニマスは、通常の陸封型のサケマスが浅いところや川に遡上して産卵するのに対して、深いところで周年産卵するので人目につかず、定着しているかわかりにくいとのこと。
残念ながら田沢湖の水質改善はうまく行っておらず、クニマスの里帰りは目処が立たず、現在は酸性に強いウグイしかいないとのこと。
しかし、死の湖という感じではなく、きれいでSUPなどを楽しむ人がいました。

旅の最後は秋田県立博物館。
これまた市内から離れていて、空いていてもったいないです。
東北らしく、縄文時代の展示が充実しているが、弥生時代のものは少ない。
稲作も弥生後期には若干ウェイトが下がってしまったようでした。
また、秋田も空襲があったのですね。それも1945年8月14日、終戦の前日でした。

秋田県、相当広くて南の方、北の方、まだまだ未開拓で行ってみたいです。
竿燈祭りも練習を見かけたりして見てみたいですね。
また、今回の旅ではドキュメント72時間の舞台になった川反のそば屋も行けて、良かったです。

この記事へのコメント